Essay

  
 【船のトイレに閉じ込められた】

  2002年秋、家内と南仏から伊へパッケージツアーに参加して旅行した。旅行も終盤、イタリアの北リビエラ訪問時のこと。ラ・スペッティア港から船に乗り、チンクエ・テッレ(5つの土地という意)に行く予定だった
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船の上で

が、折り悪しく強風で海が荒れ、乗るはずだった船は欠航だった。
  通常なら代替の列車で行けるそうだが、こちらも折悪しくスト決行中で停まってしまっていた。ストはいつ終わるか分からないそうだ。

 ツアーは予定を変更してチンクエ・テッレではないが、ボルトヴェネレ村へ行き、またスペッティアに戻り、バスでアルマーレへ向かうことになった。ポルトヴェネレまでは約30分の航海だった。家内は船酔いを心配して、酔い止めを添乗員からもらって飲んだが、船はそれほど揺れなかった。

 出港するとすぐに上の展望デッキに行った。陽気なイタリア人グループが一緒だった。晴れて気持ち良かった。右手には軍港が見える。 岬を回り目的地が見えてきた頃、村にはトイレが無いというので、船のトイレに行った。

 下のキャビンの外側に、右側が女性、左側が男性だ。ところが、このトイレでとんだハプニングが起きた。 白いドアを閉めて、真鍮製の板のロックが少し固いな、と思いつつ、かんぬきのように下ろして小用を済ませた。いざ出ようとそのかんぬきの小さいノブを上に持ち上げようとしたが、なんと、びくとも動かない。渾身の力をこめても指が痛むだけ。船はすでに減速している。焦った。ひとり、置いてけぼりにされたらどうしよう。
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ポルト・フィーノにて

ドアを内側からドンドンと強く叩いて、ヘルプと叫んだ。

誰か気づいてくれるか。まっ たく反応なし。
何度も叫ぶ。

しばらくして、(とても時間が長く感じられたが)突然、「カチャン」と外れる音がしてドアが開いた。乗客のひとりのイタリア人のおじさんだった。ナイフを外からドアに隙間にこじ入れて、持ち上げてくれたらしい。
中からは、ちょうどドア板と入れ子になって上げられなかった。

助かった。

ツアーの日本人は誰も気づかなかったみたいだ。おじさんに礼を言った。外に出るとみな、下船し始めるところだった。

 そして、あわやの危機一髪で助かったのに、家内は全然気づいておらず、「どこにいたの?」とのんきに言うのだった。


ポルトヴェネレでは1時間の時間があった。静かな港町だった。ゆっくりと路地の坂を上がり、サン・ピエトロ教会まで登る。大理石の縞模様になっている。風が強かった。右手にはバイロンの詩がレリーフになっていて、この壁の窓から見える海が綺麗だった。海は激しく泡立っていた。小さいZero2000のピンホールカメラで何カットも撮った。帽子が飛ばされそうになったし、三脚は一度風で倒れた。だが、このときに撮ったカットのひとつは、今もお気に入りの代表作になった。 

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岬と太陽(ポルトフィーノ)

 他のツアーメンバーはすぐに降りて行ってしまい、家内と二人だけ、ゆっくりと最後に降りて行った。途中、ひなびた食品店があって、外のテーブルに申し訳程度の商品が並んでいる。水のボトルを見つけて、手まねで買った。


  再び船に乗り、ラ・スペッティア港へ戻る。往きの教訓から、もうトイレは行かなかった。

 

©2008 Toshihiro Hayashi

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